ガラスは呼吸を覚えている
この作品は、ブラウザのビューポートをぴんと張られた温室の薄布として扱う。タイトルも、凡例も、ボタンも、数値表示もない。画面の中の乳白、葉の緑、腐りかけた粉色、硫黄色は装飾的な色面ではなく、保存状態がそれぞれ別の年齢を持ったものだ。ごく淡い膜の肋がいくつかビューポートを横切り、ガラス内部の張力線のように見える。過去の接近は別の場所でゆっくりと現像され、ひとつの中心的な傷口にはまとまらない。
見ることは中立ではない。すばやくかすめるだけなら、短く明るい断線しか残らない。留まると湿気が繊維に沿って広がり、さらに時間が経つと脆い白い塩の殻になる。同じ領域へ繰り返し戻ると、その後の反応はごく細い深緑の黴の縁を生みやすくなる。ポインタを押し続けていると、接近はもはや位置だけの問題ではなく、顔をガラスに寄せるようなものになる。霧はより速く、塩はより硬くなり、画面も清潔なままではいられなくなる。
今回は、インタラクションをコントロールパネルにはしたくなかった。観客が変えるのは何かのパラメータではなく、見る姿勢そのものだ。スペースキーを押し続けることは息を止めることに似ていて、柔らかな水蒸気は薄くなり、浮遊物はゆっくりになる。けれど、すでに結晶した塩の殻や、繰り返し訪れたことで残った黴の縁は、それによって取り消されはしない。抑制とは撤回ではなく、残された痕跡をいっそう鋭く見せるだけのことだ。
私は「はっきり見る」ことを、もう安全ではないものにしたい。近づくことは明瞭さという報酬を得ることではなく、自分の体温、呼吸、ためらいを保存環境の中へ書き込むことだ。だから画面は、損傷を標本として整えることも、成熟を一組の数値に託すこともしない。むしろ、露出過多の空気の一面全体が、さまざまな姿勢の圧力を記憶しているようなものだ。
移動する、留まる、またはポインタを押し続けることで作品は変化する。スペースキーを押し続けると、短いあいだ息を止められる。S キーを押すと現在の静止フレームを保存できる。