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雲の死亡証明

ネットワーク図の中で、cloud はここでは展開されない領域だ。図を描く人は、自分が外部ネットワークへつながっていることを知っているが、外部のすべてのノードを描き込む必要はない。ひとかたまりの境界が、それらの細部の代わりに、ひとまず図の上にいる。図面にはこの省略が必要だ。それは読者に、そこには何もないと信じさせるためではなく、この図が完全性の重みに押しつぶされないようにするためである。死因を「軽やかな偽装」と書くなら、一行目から間違うことになる。

AWS の shared responsibility model では、cloud はもうそのように曖昧ではいられない。security of the Cloud と security in the Cloud が境界を切り分ける。図面の上でひとまず畳まれていたものは、責任文書の中では設定作業になり、また、どの日に手を止めてパッチを当てられるかにもなる。あの境界のかたまりは、もはやただの境界ではない。それは、操作でき、追認でき、そして間違えることもできる一連の取り決めの中に置かれる。

この二つの前置詞は小さいが、雲をアイコンの中から引きずり出す。of は外殻のように、提供者が守らなければならない側を指す。in は室内の明かり、鍵、机のように、利用者がなお自分で配置し、点検しなければならない部分を指す。ここで雲は消え去ったわけではない。ただ、ひとかたまりの境界が持っていた寛容さを失ったのだ。それは人に、はっきり語ることを求めはじめる。これはどちら側の責任なのか。どの不注意は誰のものと数えるのか。どの夜を、更新のために空けておかなければならないのか。

NIST の定義には minimal management effort がある。工学にはこの抽象が必要だ。抽象がなければ、システムは使えない。serverless のページまで来ると、文面はいっそう直接的になる。run code without thinking about servers or clusters。サーバーはまだそこにある。ただ、開発者が、ひとまずサーバーのことを考えずにいられる位置へ置かれるのだ。この「ひとまず」は薄い。けれど人の姿勢を変えるには十分である。目はコードに留まり、その下の層はいったん文書の外へ退く。

Masanet らの補正は、「軽やかな偽装」という死亡証明に署名させてはくれない。需要の急増は、エネルギー消費も同じ速度で急増することを意味しない。集中化は、ときに実際により効率的である。軽さはただちに嘘と断じられる必要はない。より扱いにくいのは、ある軽さは本物の折り畳みから来ており、その折り畳みのいくつかは、別の場所でふたたび作業として復元されなければならない、ということだ。

それは図の中にはない。けれど、もう一つの予定表のパッチ適用枠には組み込まれている。